「俺はあんな風に生きられないんだろうなあ…」北野武監督作品「HANA-BI」の感想

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菊次郎の夏の感想について書きました。

そしたらHANA-BIについても書きたくなっちゃったので、書きます!

今回はよりいっそうネタバレしまくるので、ご注意ください。

 

第54回ヴェネツィア国際映画祭にて金獅子賞を受賞し、日本映画の受賞作品は40年ぶりである…とのこと!

 

この映画、とにかく悲しく、ひたすら悲しい作品なので苦手な方は注意してくださいね。

見たあと気持ちが沈むのはつらい!って人は特に。

 

 

 

HANA-BI

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1998年1月に公開された映画です。

今ではやくざ映画のイメージの北野武監督ですが、この映画の主役は元ベテラン刑事です。

刑事ということだけでなく、とある事情によりやくざ(に近い人達)とのからみも多くなっています。

 

この映画の魅力のひとつに「静と動」があると思います。

ふだんは無口だが、いざキレると一気に爆発する男。

全体の流れのほとんどがとても静かな作品ですが、激昂するシーンではうちに秘める熱いものが噴き出すかのような、そんな演出や演技が魅力です。

 

主な登場人物は以下のとおりです

  • 主人公の西:元ベテラン刑事。拳銃を持った犯人逮捕の際、自分の失敗(と思っている)により同僚を失う。辞職もしくは免職により、離職する。
  • 西の妻:息子を亡くしたショックからかしゃべることができず、さらに不治の病で余命幾ばくもないことを医師から告げられる。
  • 堀部:西の元同僚で、刑事時代は良いコンビとして名を馳せていた。件の拳銃を持った犯人を追っている最中に銃撃され、半身不随に。妻子に逃げられやることもない中、絵を描きはじめる。

 

この作品中にはところどころに絵画が飾られ、堀部は半身不随になったあと絵を描き始めますが、いずれもすべて北野武が描いたものです。

北野武といえば原付バイクで大事故を起こしたことで有名ですが、手術によって砕け散ったいくつもの骨をつなぎ合わせて顔を復元され、以後は顔の半分がすこしいびつになっています。

そのリハビリのために絵を描き始めたという話を聞きました。

動物の身体に、頭の部分が花に置き換わった絵が特に多く登場するのは、手術で取り繕われた自分の顔と身体の不一致感を表したものではないか?と見る説もあるようです。

 

さて、いよいよここからネタバレしますのでご注意ください。

 

死に向かう物語

刑事という仕事柄、犯人逮捕のための行動とは言え部下を死なせてしまい、さらに自身も職を失う。

妻は息子を亡くしたショックからかほとんどしゃべることができなくなり、さらに不治の病で余命幾ばくもない。

元相棒は半身不随になり、妻子に逃げられ、睡眠薬で自殺未遂。

亡くなった部下や妻の入院費用などをまかなうためやくざの金貸しに頼るも、返済が追いつかず。

 

あなたはこうなったとき、どうするだろうか?

 

主人公の西は、死へと向かうことを決意しました。

サラ金への返済のために銀行強盗をした時点で、もう終わりへの道は始まっていました。

銀行強盗を計画した時点で、もう逃避行をすることを決めていたのかもしれません。

妻との逃避行に旅立つ際、もう結末を覚悟していたんでしょう。

 

決めたらいっそ開き直れたのか、それまで口をきかずで沈みがちだった二人に笑顔が咲きます。

その笑顔は、最後だからと覚悟したからこそ出てきたのかもしれません。

序盤の西の渋い表情からほがらかな雰囲気に変わるのがとても印象的です。

もうどうにもならないと決めたとき、人は心を開けるのかもしれません。

 

 

私はこういったやりきれない物語がとても好きです。

これ以上、なにをどうすればいいんだよ!っていう。

 

「今度会ったら殺すって言ったろう」

今度会ったら殺すって言ったろう

 

雪深い旅館まで追いかけてきて金をせびりに来た、やくざの金貸しに言ったセリフですね。

逃避行を始めてからはほがらかなシーンが続くものの、いよいよ追い詰められてきてハードなシーンが差し込まれます。

もう逃げられないことを悟ったのか、いよいよ結末をつけることを決意したのか、あっさりとやくざを銃撃します。

これまで見逃してきた下っ端のやくざも「今度会ったら殺すって言ったろう」というセリフと共に銃弾を撃ち込みます。

 

このセリフが実によく出来ていて、すでに3人殺しているにもかかわらず、とてもゆっくりと落ち着いた口調になっているところがいいんですね~。

これまでのシーンでは激しい口調でやりあうことも多かったものの、いよいよ殺しをやるシーンとなると逆に冷静な雰囲気になっているのが見どころだと思います。

 

 

 

「俺はあんな風に生きられないんだろうなあ…」

 

最後に西に追いついた若い刑事のセリフ、これもとても好きですね。

映画を見ている多くの人が、こう思ったのではないでしょうか。

若い刑事は、このあと心中するなんて思ってなかったのかもしれません。

つぶやくような、ひとごとのような、ぼんやりとしたセリフが妙に現実感があります。

 

西の決断は、とても重いものです。

人は安定を求めますから、たとえ苦しい現実が重なり合ったとしても、現状のまま少しだけなんとかしようとあがくのが精一杯です。

西のように破滅へと向かって落ちていくことは、並大抵の人間にはできません。

それが愛するものとの心中となればますますもって、誰にもできるものではありません。

 

「ありがとう、ごめんね」

ありがとう、ごめんね

 

長い間しゃべることができなかった妻が発したこのセリフは、この映画で最も優れたシーンです。

この短い2つの単語には、とても語り尽くせない思いが詰まっていることでしょう。

 

ここでごめんね、と言うのがまた日本人の心情をよく表しているとも思います。

奥ゆかしさを信条としてきた日本人は、なにかあると「すみません」って言いますよね。

 

西は、妻のことを悪いとも思っていないでしょうし、謝られるようなこともしていないと思っているでしょう。

それどころか、刑事の仕事が忙しくて取りあってやれなかった自分を責めてすらいるでしょう。

妻だってなりたくてそうなったわけじゃなく、どうしようもなくそうなってしまっただけなんですよね。

それでもなお最後にごめんねと言うのが、日本人らしい美しさの一つなんじゃないかなあと、感じます。

 

 

「人は何か一つくらい誇れるものを持っている。

何でもいい、それを見つけなさい。

勉強が駄目だったら、運動がある。

両方駄目だったら、君には優しさがある。

夢をもて、目的をもて、やれば出来る。こんな言葉にだまされるな、何も無くていいんだ。

人は生まれて、生きて死ぬ。これだけでたいしたもんだ。」

引用元「ビートたけし詩集 僕は馬鹿になった」ビートたけし著祥伝社黄金文庫